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昭和56年 東急電鉄 二子玉川園 東急8500系 営団8000系 東急3450系 (12/17修正)(12/19コメント追記)

昭和56年4月以降の撮影です。
「新玉川線」に営団地下鉄が8000系を投入するとの情報を得て撮影に向かいました。
「二子玉川園駅」近くの地上区間は現在はマンションなどが林立し様変わりしています。
用賀方向の戸建て住宅などはあまり変化がないようにもみえます。
なお平成12年に「新玉川線」は「田園都市線」に、「二子玉川園駅」は「二子玉川駅」に改称されています。

(1)用賀地下区間を抜け出て行善寺脇を二子玉川園へ駆け上がる東急8500系6連です。
8500系は8000系の増備車とされ、昭和50年当初は4連で当時の田園都市線(大井町線)へ導入されました。
8000系とは明確に異なる正面赤帯があり遠方から識別可能でした。
元住吉入線時には異彩を放っていました。
8500系導入当初は8000系同様に冷房改造準備車が存在し外観からは冷房車と区別がつかないものの中身がなく透けて見えるので「カラー(空)クーラー」と呼ばれたこともあります。
昭和56年当時は二子玉川園から永田町までの地下区間は冷房が切られました。
このため地下区間では冷房車の窓も開放されます。二子玉川園からつきみ野までは冷房が入ります。
昭和56年 東急電鉄 二子玉川園 東急8500系 営団8000系 東急3450系 (12/17修正)(12/19コメント追記)_f0406950_15581331.jpg

(2)二子玉川園から永田町行きの各停8500系6連がそろりと降りてきます。
当時の二子玉川園駅は2面4線構造で内側2線が新玉川線でした。
二子玉川園から用賀方向へは強い下り勾配となっておりホームの平面区間と勾配区間との間に縦曲線が存在しました。
この従曲線部分に複線両渡り(ダブルクロスポイント)が設置されていました。
ダブルクロスポイントは平面に設置するものだと思われており、従曲線部分に設置されたダブルクロスポイントは随分と話題になりました。
なおwikiには昭和54年8月までY字合流Y字分岐と記載されていますが認識と異なります。
但し従曲線とダブルクロスポイントは相性が悪いことからダブルクロスをY字合流Y字分岐とした可能性はあります。(*1)(12/17修正)
昭和56年 東急電鉄 二子玉川園 東急8500系 営団8000系 東急3450系 (12/17修正)(12/19コメント追記)_f0406950_15581880.jpg

(3)二子玉川園駅から営団8000系8連の永田町行きが降りてきます。
営団地下鉄半蔵門線は昭和53年に渋谷-青山一丁目間が開業しました。
その際営団地下鉄は8000系の投入を見送っています。
これは「当初の半蔵門線の開業区間は距離が短いために車両を新製投入しても予備車両が多くなり経済面から見て不適合との理由からである」(wiki)とされています。
冷房装置は未搭載です。
昭和63年以降順次相互乗り入れ地上区間用に冷房が搭載されることになります。
なお冷房装置搭載部分開口部はフタがされ上部に通風器2台と開口部の前後に車内の換気を行う2台の排気扇が設置されました。
回生ブレーキの離線失効が懸念されダブルパンタグラフとされました。
なお東急8000系は複巻電動機と界磁チョッパ制御による回生ブレーキ車であり、営団8000系は電機子チョッパ制御による回生ブレーキでした。
営団6000系は電機子チョッパ制御の嚆矢とされます。
これにより直流直巻電動機での回生ブレーキが可能になったとされます。
(佐々木拓二:「電力回生ブレーキ技術の変遷・日本建設機械施工協会」’09.1「建設の施工企画」より)。
IGBTやSiCによるVVVF交流電動機制御全盛の現在からは遠い昔の話になりました。
昭和56年 東急電鉄 二子玉川園 東急8500系 営団8000系 東急3450系 (12/17修正)(12/19コメント追記)_f0406950_15582314.jpg

(4)(3)の後追いです。
最後部車両は全窓が全開です。
6000系、7000系に続く8000系は外観的には類似しますが、縁取りされて正面はのっぺり感がなく精悍なイメージでした。
昭和56年 東急電鉄 二子玉川園 東急8500系 営団8000系 東急3450系 (12/17修正)(12/19コメント追記)_f0406950_15583063.jpg

(5)新玉川線の開業に伴い「田園都市線」から「大井町線」に戻った「大井町線」です。
大井町から二子玉川園間が「田園都市線」であったのは昭和38年から昭和54年までの16年間です。
新玉川線の田園都市線への乗り入れに伴い、大井町線の列車は二子玉川園で単線折り返していたと記憶しています。
専ら4番線で折返していたと思います。
但しwikiには1番線と4番線のそれぞれで折返したと記載されています。
しかしラッシュ時はさておき閑散時間帯は専ら4番線折返しであったと思います。
この3450系3連は偶然撮影したものです。
昭和56年3月末で大井町線から旧性能電車は一掃されており、3450系は目蒲・池上線の3連のみが残っていたと思います。
目蒲・池上両線の車両基地は雪が谷大塚でしたが、大がかりな検査の際には目蒲線・大井町線・田園都市線・こどもの国線を経由して長津田工場へ回送されたとのこと。
この3450系3連は雪が谷大塚と長津田間の回送と思われます。
昭和56年 東急電鉄 二子玉川園 東急8500系 営団8000系 東急3450系 (12/17修正)(12/19コメント追記)_f0406950_15583638.jpg

(*1)確かに昭和52年3月の試運転時点で縦曲線を避けたホーム平坦部分でY字合流Y字分岐していたようです。従曲線部分のダブルクロスを確認したのは試運転前の工事中と記憶しています。但し東急100年誌には昭和54年8月の田園都市線・新玉川線・半蔵門線直通運転開始直後の二子玉川園駅東側の大井町線と新玉川線との交差部分を遠望する画像がありますがダブルクロスは存在しません。したがって(2)の撮影時にはダブルクロスはないことになります。ちなみに大井町線の二子玉川駅東側は大井町線(外側から内側へ)と田園都市線(内側から外側へ)の立体交差のため線路配置が大幅に変更されています。なお現在の大井町線二子新地側の折返し用のダブルクロスとは関係がありません。




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Commented by 通りすがりです at 2023-12-19 00:31
通りすがりに失礼いたします。
貴重な写真を拝見、当時付近に住んでおりましたもので、僭越ながらコメントをさせて頂きます。
(2)の新玉川線のポイントですが、確かに試運転開始時点では既にY字でした。
https://news.mynavi.jp/photo/article/retrospective-33/images/004l.jpg
新玉川線開通当時、改札からの階段を昇った所からずいぶんと歩いたところで、乗降していました。
何故こんな配線なのか不思議でしたが、後に当時の施工に関する記事で、銀座線との直通を想定していた形状と勾配から苦肉の策でこの配線にせざるを得なかった、との記述があり、光景に歴史の存在を感じたものです。
田玉線一体運転開始日、前日まであったこのY字がすっかり消えて一晩で単純な複線配線の乗降できるホーム部分に変わっており、大変驚いたのもいい思い出です。
すっかり変わってしまった光景ですが、左側のオレンジ色のマンションは、今も同じような色で在りますね。
旧3000系写真の青い箱の載ったようなマンションは、今まさに建て替え工事中です。
鉄橋部分から自宅に響き聞こえてくる音で、最も重たそうなのが旧3000系、旧5000系は軽快で、旧6000系は鉄橋の音より車両の発するヨォォ~という音がよく聞こえていました。
貴重なお写真、ありがとうございます。
懐かしさのあまり長文となり、失礼いたしました。
Commented by denshakamera at 2023-12-19 18:24
> 通りすがりですさん
コメントありがとうございます。
開業当初の「Y字合流・Y字分岐」は多くの記録が残っており間違いないことから12月7日に「(*1)」にて追記させて頂きました。
鉄道模型(16番)では二子玉川園の「いさみや」さんに随分お世話になりました。
当時の鉄道模型は自作中心で、真鍮板を罫書き、真鍮ブロック削りだしで軸箱可動台車を造り、線路とポイントはスパイクで自作でした。
市販されない三枝分岐器もスパイク自作しました。
このような経緯もあり二子玉川園の両渡りポイントの印象が強く残りました。
新玉川線工事中の二子玉川園駅の3番・4番ホームの階段を上がったところで用賀方向を振り向くと急勾配と両渡りポイントが目に飛び込んできたと記憶しております。
数名でワイガヤした記憶があるので当時を知る部員を探しており、何かわかりましたならば追記したいと考えます。
旧6000系は旧5000系(青ガエル)より「もっさり」感が強く特異な音響が印象的でした。
旧6000系は田園都市線(大井町線)専用と思っていたところ、wikiによると昭和54年に東横線急行用へ復帰したとのこと。
乗車機会を逸したのは残念です。
by denshakamera | 2023-12-17 15:59 | 鉄道 | Comments(2)

団塊の世代から高度成長期の趣味といえば、プラモ・鉄道模型・切手・カメラでしょうか。今も続いているのが電車・カメラ。なのでdenshakameraです。