2023年 09月 14日
昭和57年7月内房線浜金谷






房総への急行列車、東京地下駅が開業した後の利用は振るわなかったのでしょうか。
少しでも早く着きたいニーズに対して両国始発の急行列車は分が悪かったのだろうと思いますし、列車の設備もボックスシートでは見劣りしてきたのだろうと想像しています。
アクアラインができ、特に内房の鉄道は完全に負けてローカル輸送だけに近い状況ですが、思えば、千葉方面の鉄道の所要時間はお写真の時代からほとんど変わっていないのだろうと思います。
高速化の手を付けられることなく、体質的には久留里線のような路線が今も残る千葉エリア、どうしても懐古の目で見ることが多くなってしまいます。
東京地下駅開業前の房総急行の約半数が新宿始発であったことから、東京地下駅開業後の新宿始発の房総急行にも一定のニーズがあったかと思います。
但し両国始発の房総急行にニーズがあったかどうかは判りません。
少なくとも撮影当時の昭和57年には東京地下駅始発の183系房総特急が房総急行を圧倒しています。
東京湾アクアラインの内房線への影響は、以下のことから間違いないと思われます。
木更津市の人口は1990年まで増加、その後も漸増傾向にあります。
これに対して木更津駅の平均乗車人員は1990年代以降減少傾向にあります。
東京湾アクアラインの完成が1997年です。
木更津駅の平均乗車人員の減少が1997年以降顕著になっています。
このことから東京湾アクアラインへ乗客が移動したと考えるのが自然です。


